お勝手の入口に立って、妻の背中を見るようになったのは、つい最近のことです。
お勝手の入口に立って
中学校の教師として勤めていた三十八年間、台所のことは、ほとんど妻に任せきりでした。朝はインスタントコーヒーを立ったまますすって出勤し、夜は食卓に並んだものを食べるだけ。妻が何をどう作っているのか、見たことすら、まともになかったのです。
定年退職後の十年間は、韓国・京畿道富川市(プチョンシ)への単身赴任。週末に一時帰国するときも、滞在は二、三日で、その短い時間にあれこれ用事を済ませていました。台所をゆっくり眺める余裕など、当然ありませんでした。
2025年に完全に帰国してから、急に時間ができました。最初のうちは何をしていいか分からず、新聞を読んだり、庭を眺めたりしていました。そうしているうちに、ある朝、お勝手の入口にぼんやりと立って、味噌汁を作る妻の背中を、見ていたのです。
その日初めて、私は妻のお勝手仕事を、きちんと見ました。「お勝手」「お勝手仕事」という言葉は、いまどき少し古風かもしれません。けれども、台所、と呼ぶよりも、私にはこちらのほうが心地よいのです。たぶん、母や祖母が使っていた言葉だったのでしょう。
見ているうちに、私は気付きました。これは、見て覚える価値のある手仕事だ、と。
一つ目──水仕事の手早さ
最初に気付いたのは、水仕事の手早さでした。
朝、米を研ぐ、野菜を洗う、夜は皿を流す。妻のこれらの動作には、無駄がありません。蛇口を開けている時間が、とにかく短いのです。私が同じことをしようとすると、無意識のうちに、水を流しっぱなしにしている時間が長くなります。
たとえば、米を研ぐ。妻は、水を入れて、軽く混ぜて、すぐ捨てる。それを二回繰り返して、最後に水を張る。蛇口は、たぶん合計十秒も開けていません。
私が真似してみたら、研ぎ汁を捨てるタイミングが分からず、ぼうっとしているうちに、ざぶざぶと水が流れ続ける。妻の半分の手早さも出せませんでした。
それでも、何度かやっているうちに、少し慣れてきました。先月の水道料金が、前の月より下がっていたのは、たぶんこのおかげです。妻に話したら、「あなた、半世紀かけて気付いたのね」と笑われました。
七十歳から始める節水、というのも、悪くないものです。
二つ目──鍋ひとつで足りる料理
二つ目は、料理の道具数です。
妻の料理は、鍋を一つしか使わない日が、しばしばあります。
たとえば、夕食の煮物うどん。一つの土鍋に水と昆布を入れ、出汁を取る。そこへ大根、人参、油揚げを入れて煮る。最後にうどんを入れて、卵を割り入れる。これで一品が完成します。
洗い物は、土鍋一つと、お椀二つ、箸二膳。それだけ。台所が荒れません。
私が富川で覚えた料理は、ちょうど反対でした。日本人講師仲間と週末に集まって、よく作ったのが韓国の鍋料理。鍋を三つ使い、フライパンも出し、ボウルもいくつも出して、賑やかに作るのが、独身者の楽しみだったのです。作り終えた後の流しの惨状は、いま思い出しても恥ずかしいほどでした。
妻のお勝手は、引き算の料理だと気付きました。足し算をしない、増やさない。一つの鍋で、必要なだけのものを作る。これは料理の話というより、暮らし全体の話なのかもしれません。
三つ目──余りものを次の日へ
三つ目は、余りものの扱い方です。
夜の煮物の汁を、翌朝のお茶漬けに使う。野菜の切れ端を集めて、味噌汁の具にする。妻はこれを、自然にやっています。「もったいない」と言葉にすることもなく、ただ、そうする。
ある朝、ご飯のうえに前夜の煮物の汁をかけて、お湯を足し、海苔をのせて出してくれたお茶漬けが、たいへん美味しかった。あれは何かレシピでもあるのか、と聞いたら、妻は少し考えて、こう答えました。
「実家の祖母が、いつもそうしていたから」
妻の祖母から、妻の母へ、そして妻へ。気付かないうちに、知恵は三世代を渡ってきていました。見て覚えるとは、こういうことなのでしょう。文字にも残らず、レシピ帳にも書かれず、ただ、お勝手の中で、母と娘の間を伝わってきた。
私はそれを、七十歳になって、お勝手の入口から見ているのです。学ぶには遅すぎる気もしますが、まあ、まだ間に合ったということにしておきます。
見て覚えた、三つの先に
水仕事の手早さ、鍋ひとつの料理、余りものを次の日へ。妻のお勝手仕事を見ていて、私が気付いたのはこの三つでした。
ただ、ある日ふと思いました。妻は料理を「整える」のが上手い。同じくらい、「譲る」ことも上手いのではないか、と。
先日、押入れの整理をしていたとき、妻が一枚の訪問着を取り出して、こう言ったのです。
「これ、もう着ないわ」
紫地に、小さな白い花柄。結婚する前に、妻の母が仕立ててくれた一着でした。何度か袖を通したきりで、長く畳まれたまま、押入れの奥にしまわれていたものです。
二人で買取大吉さんに持ち込みました。着物専門の査定員さんが、座敷に畳紙(たとうし)を広げて、生地と仕立てを丁寧に見てくれます。袖をめくり、裏地を確認し、金具やしつけ糸の状態を見る。一枚の着物に、こんなに時間をかけて向き合ってくれるのか、と、こちらが感心しました。
やがて査定員さんは顔を上げ、こう言ってくださいました。
「正絹で、状態もいい。お母様、いいお仕立てを選ばれましたね」
思いがけず良い値が付きました。妻は何も言わずに、店を出るまで、その紙袋を抱えていました。店を出てから、少し間を置いて、こう言いました。
「これで、今夜は鰻にしましょう」
譲ったお金で鰻を食べる、というのは、傍から見れば豪気な話かもしれません。けれども、妻にとっては、母から仕立ててもらった一着に、ささやかな結末を付けるための儀式だったのだと思います。母が選んでくれた仕立てが、誰かのもとへ渡る。その手向けに、夫婦でゆっくりと鰻を食べる。きれいな円が、一つ閉じる。
「整えて、譲って、軽くなる」というのは、このサイトのキャッチコピーですが、これは結局のところ、妻のお勝手仕事から、私が見て覚えたことの集大成なのかもしれません。
整えるとは、足し算をしないこと。譲るとは、次の手に渡すこと。軽くなるとは、心の中に少し余白ができること。
七十歳になって、ようやく、私はそれを学び始めたところです。
