「は」は「는」、「を」は「를」──助詞を並べると見えてくる、日本語と韓国語の近さ

黒板に、日本語の助詞と韓国語の助詞を二列に並べて書くと、教室が少しざわつきました。

連載「日本語と韓国語のあいだ」第二回。前回は、富川の教室で気づいた「似ている」の話を書きました。今回は、その中心にある助詞を、一つずつ並べてみます。

二列に並べると、ほとんど一対一になる

日本語の助詞と韓国語の助詞は、多くが一対一で対応します。どちらも名詞の後ろに付き、その名詞が文の中でどんな役目をしているかを示します。

語学院の初級の授業で使っていた対応表を、思い出しながら書き直してみました。

日本語 韓国語 例文
は 은/는(ウン/ヌン) 私は会社員です
저는 회사원이에요
が 이/가(イ/ガ) 雨が降ります
비가 와요
を 을/를(ウル/ルル) ご飯を食べます
밥을 먹어요
に(行き先・時) 에(エ) 学校に行きます
학교에 가요
で(場所) 에서(エソ) 家で休みます
집에서 쉬어요
も 도(ド) 私も行きます
저도 가요
から(時)・まで 부터・까지(プト・カジ) 九時から五時まで
아홉 시부터 다섯 시까지
より 보다(ポダ) バスより地下鉄が速いです
버스보다 지하철이 빨라요
だけ 만(マン) 一つだけください
하나만 주세요

表を書き終えると、学生さんの一人が「先生、これは覚えなくていいですね」と言いました。半分は冗談でしたが、半分は本音だったと思います。日本語を学ぶ多くの国の人が苦労する助詞を、韓国の学生さんたちは、自分の言葉に置き換えて理解できたのです。

「は」と「が」の使い分けまで似ている

似ているのは、助詞の数や位置だけではありません。日本語の授業でいちばん説明に困る「は」と「が」の使い分けも、韓国語の「은/는」と「이/가」の使い分けと、かなり重なります。

国語の授業でもよく例に出された文があります。

象は鼻が長い
코끼리는 코가 길어요(コッキリヌン コガ キロヨ)

「象」には「は」、「鼻」には「が」。韓国語でも、「象」には「는」、「鼻」には「가」が付きます。話題を示すのが「は」、その話題について何がどうなのかを示すのが「が」。この感覚が、韓国語にもあるのです。

「誰が来ましたか」と尋ねるときも同じでした。疑問の言葉には「が」を使い、「は」は使いません。韓国語でも「누가 왔어요?」と、「が」にあたる形になります。

ほかの国から来た学生さんに「は」と「が」を教えるときは、一時間かけても伝わらないことがあると聞きます。富川の教室では、私がこの話をすると、うなずきが返ってきました。説明が上手だったからではなく、学生さんたちが、すでに自分の言葉の中でその使い分けをしていたからです。

似ているからこそ、つまずくところ

ところが、対応表のとおりにいかない場面もあります。似ている言葉どうしだからこそ、置き換えたまま使って、うっかり間違えるのです。教室でよく見かけたのは、次のような違いでした。

  • 「バスに乗る」は、韓国語では「を」にあたる形で「버스를 타요」と言う
  • 「友達に会う」も、韓国語では「친구를 만나요」と「を」にあたる形になる
  • 「先生になる」は、韓国語では「が」にあたる形で「선생님이 돼요」と言う
  • 「学生ではありません」も、韓国語では「학생이 아니에요」と「が」にあたる形になる

そのため、作文には「バスを乗りました」「友達を会いました」という文がよく出てきました。赤で直しながら、私はいつも感心していました。間違い方にまで、筋が通っているのです。自分の言葉の型をそのまま当てはめた結果で、でたらめに間違えているわけではありません。

中学校で国語を教えていたころ、生徒の作文の誤りには、その子なりの理屈があると教わりました。韓国の学生さんの間違いも、韓国語という理屈に沿ったものでした。理屈が分かれば、直し方も分かります。「この動詞のときだけは、日本語では『に』を使います」と、一つずつ印を付けていけばよいのです。

前の音で形が変わる、韓国語の助詞

違いはほかにもあります。韓国語の助詞の多くは、前の言葉の終わりの音で形が変わります。

  • 終わりに子音(パッチム)がある言葉には「은・이・을」、母音で終わる言葉には「는・가・를」が付く
  • 「책(本)」なら「책은・책이・책을」、「나무(木)」なら「나무는・나무가・나무를」となる

日本語の「は」「が」「を」は、前に何が来ても形が変わりません。日本語を学ぶ韓国の学生さんにとっては、覚えることが一つ減るわけです。反対に、私が韓国語を覚えるときは、ここでずいぶん迷いました。市場で「사과를」と言うべきところを「사과을」と言ってしまい、店の方に笑って直されたこともあります。

もう一つ、話し言葉では、韓国語のほうが助詞をよく省きます。「友達の家」を「친구 집」と、「の」にあたる「의」を入れずに言うのが普通です。日本語でも「僕、行くよ」のように「は」を省きますが、韓国語のほうがその幅が広いように感じました。

似ていることと、親戚であることは別の話

ここまで並べてみると、日本語と韓国語は兄弟のような言葉だと言いたくなります。けれども、文の仕組みが似ていることと、二つの言葉が同じ祖先から分かれた親戚であることは、別の話です。

語順や助詞の仕組みが似た言葉は、遠く離れた土地にもあります。似ているのは長い付き合いの中で影響し合ったからなのか、もともと同じ言葉だったからなのか。それを確かめるには、文法だけでなく、基本的な単語の音が規則的に対応しているかどうかを調べる必要があるそうです。この点は、連載の後半でまとめて調べます。

次回は、敬語の仕組みを比べます。助詞と同じく、よく似ているのに、一つだけ大きく違うところがあります。

連載の第一回は、富川の教室で気づいたこと──日本語と韓国語は、なぜこんなに似ているのかです。