電話応対の練習で、学生さんが言いました。「田中部長様は、いまいらっしゃいません」。
連載「日本語と韓国語のあいだ」第三回。前回は助詞を並べてみました。今回は敬語です。仕組みはよく似ているのに、一つだけ、大きく違うところがあります。
動詞に「시」を入れるだけで、尊敬の形になる
韓国語にも、日本語の尊敬語にあたる形があります。目上の人の動作を言うとき、動詞に「시(シ)」という小さな要素を入れると、尊敬の形になります。
行く:가다(カダ)→ 行かれる:가시다(カシダ)
読む:읽다(イクタ)→ お読みになる:읽으시다(イルグシダ)
日本語でも「行く」を「行かれる」、「読む」を「お読みになる」と言い換えます。目上の人の動作を、形を変えて高めるという考え方は同じです。
似ているのは、それだけではありません。日本語の「いらっしゃる」「召し上がる」のように、特別な言葉に言い換える尊敬語も、韓国語にはそろっています。
- いる → いらっしゃる:있다 → 계시다(ケシダ)
- 食べる → 召し上がる:먹다 → 드시다(トゥシダ)
- 寝る → お休みになる:자다 → 주무시다(チュムシダ)
- 話 → お話、お言葉:말 → 말씀(マルスム)
自分の側を低くする言い方もあります。「差し上げる」は「드리다(トゥリダ)」、「お目にかかる」は「뵙다(プェプタ)」、「伺う(尋ねる)」は「여쭙다(ヨッチュプタ)」です。
さらに、韓国語では、助詞にまで敬語があります。目上の人が主語のときは、「が」にあたる「이/가」の代わりに「께서(ッケソ)」を、「に」にあたる言葉の代わりに「께(ッケ)」を使います。ここは日本語にない仕組みで、教室では、学生さんたちのほうが「日本語には助詞の敬語がないのですか」と不思議がっていました。
丁寧さの段も、よく似ている
話す相手によって文の終わりを変える仕組みも、二つの言葉は共通しています。おおまかに並べると、次のようになります。
| 場面の目安 | 日本語 | 韓国語 |
|---|---|---|
| 改まった場面 | 行きます(でございます) | 갑니다(カムニダ) |
| ふだんの丁寧な会話 | 行きます | 가요(カヨ) |
| 親しい人・年下 | 行くよ | 가(カ) |
いちばん下の、親しい間柄で使う話し方を、韓国語では「반말(パンマル)」と言います。日本語の「タメ口」に近い言葉です。
富川の市場で、おばあさんが「덤이야(トミヤ)」と言ったのも、この話し方でした。丁寧に言えば「덤이에요(トミエヨ)」になるところを、孫に話すような口ぶりで言ってくれたのです。あのとき少し嬉しかったのは、よそ者扱いされなかったような気がしたからかもしれません。
一方、日本語の敬語は、分け方そのものが見直されてきました。二〇〇七年二月の文化審議会の答申「敬語の指針」は、敬語を「尊敬語」「謙譲語Ⅰ」「謙譲語Ⅱ(丁重語)」「丁寧語」「美化語」の五つに分けて説明しています(二〇二六年十一月五日、文化庁「文化審議会 総会」のページの答申一覧で確認)。学校で習った三つの分け方に慣れている方には、少し細かく感じられるかもしれません。
いちばん違うのは、身内の扱い
ここまでは、よく似ている話でした。大きく違うのは、身内のことを外の人に話すときです。
日本語では、会社の外の人と話すとき、自分の会社の上司を立てません。取引先からの電話に、「部長の田中は、ただいま席を外しております」と答えます。上司であっても、外の人の前では「身内」として扱い、呼び捨てにして、謙譲の形を使います。
韓国語では、自分の上司は、外の人と話すときも上司です。「부장님은 지금 자리에 안 계십니다」のように、「部長様は、いまいらっしゃいません」にあたる言い方をするのが普通です。
日本語:部長の田中は、ただいま席を外しております
韓国語:부장님은 지금 자리에 안 계십니다(部長様は、いまいらっしゃいません)
相手との関係によって、同じ人を立てたり立てなかったりする日本語の敬語は「相対敬語」、話題の人が目上かどうかで決まる韓国語の敬語は「絶対敬語」と呼ばれることがあります。韓国語の敬語も場面によって変わるので、あくまで大まかな言い方ですが、違いをつかむにはよい言葉です。
冒頭の「田中部長様は、いまいらっしゃいません」は、まさにこの違いから生まれた答え方でした。学生さんは、韓国語として正しい敬語を、そのまま日本語に移したのです。失礼にならないようにと考えた末の答えで、その気持ちは十分に伝わってきました。
このとき私は、黒板に「ウチ」と「ソト」と書きました。日本語の敬語は、相手が「ウチ」の人か「ソト」の人かで変わります。その線を引いてから、ロールプレイをやり直すと、学生さんの答え方がすっと変わりました。
家族を話すときも、違いが出る
身内の扱いの違いは、家族の話でも表れます。日本語では、人に自分の父のことを話すとき、「父は出かけております」と言います。韓国語では、自分の父のことでも「아버지께서는」と、尊敬の助詞を付けて話すことがあります。
ただし、韓国語にも、身内への敬語を控える決まりがあります。話を聞く相手のほうが目上のときに、話題の人への敬語を控える言い方で、「압존법(アプチョンポプ)」と呼ばれます。韓国の国立国語院の辞書は、祖父に向かって父のことを話す例を挙げています。祖父の前では、父への敬語を控えるのです。
この決まりは、いまでは必ず守るものとはされていないようです。一方で、家庭や軍隊などでは当然のこととして求められる場面がある、と指摘する研究もあります。韓国語の敬語も、日本語と同じように、時代とともに揺れているのだと思います。
韓国語に照らして、日本語の敬語を見直す
中学校で国語を教えていた三十八年、敬語は毎年のように教えました。尊敬語と謙譲語の区別、「お〜になる」と「お〜する」の違い。けれども、日本語の敬語が「ウチ」と「ソト」で形を変える言葉だということを、これほどはっきり意識したのは、富川の教室に立ってからでした。
外の言葉に照らすと、自分の言葉の形が見えてきます。韓国の学生さんたちは、日本語を学びながら、私に日本語を教え直してくれていたのだと思います。
いまでも、人に妻のことを話すとき、「家内が」と言いかけて、富川の教室を思い出すことがあります。身内を低く言うのは、日本語の礼儀です。けれども、その礼儀の外側には、身内を立てて話す礼儀もある。どちらが正しいということではなく、言葉ごとに、人を大切にする形が違うのだと思います。
次回は、漢字から来た言葉を比べます。「約束」と「약속」のように、音まで似ている言葉の話です。
連載のこれまでの回は、第一回富川の教室で気づいたこと──日本語と韓国語は、なぜこんなに似ているのか、第二回「は」は「는」、「を」は「를」──助詞を並べると見えてくる、日本語と韓国語の近さです。
