二〇二六年四月二十五日、土曜日。半年ぶりに、東別院の境内でシートを広げました。
半年前の宿題
昨年十一月、妻と二人で初めて名古屋アンティークマーケットに出店した帰り道、私は助手席で手帳に三つのことを書きつけました。一つ、値の張りそうな品を、素人の値付けで出さないこと。二つ、品物の来歴を、口で話すだけでなく、目に見える形で添えること。三つ、持って行く品を欲張らないこと。
一つ目は、言うまでもなく万年筆の件です。開場から三十分ほどで四本まとめて売れ、あとで隣の硝子瓶の方に「状態が良ければ、もう一桁上の値で売れますよ」と教えていただいた、あの一件です。初出店の二日間のことは、名古屋アンティークマーケット、初出店の記録に書きました。
二つ目と三つ目は、撤収のときに気づいたことでした。段ボール六箱を持ち込んで、四箱を持ち帰った。そして、手を離れていった品の多くは、お客さまに来歴を尋ねられ、私が話をした品だったのです。
ありがたいことに、春の第十八回にも出店が決まりました。この半年、宿題に一つずつ手をつけてまいりました。
変えたこと、その一──値の張りそうな品は、先に専門の目に
今回は出店の前に、値打ちの見当がつかない品を近所の買取大吉さんへ持ち込み、査定をお願いしました。若いころに使っていたオリンパスのフィルムカメラ、教師時代に記念に求めた硬貨、古い切手の残り。どれも、私には値段の付けようのない品です。
結果は品によって分かれました。買い取っていただいたものもあれば、査定の額を伺ったうえで、手元に残したものもあります。金額はここには書きませんが、少なくとも、自分が何を持っているのかを知ることができました。それだけで、フリマへ持って行く品を選ぶ目が変わりました。
値段の分かる品は、フリマに出す。値段の分からない品は、まず専門の方に見ていただく。半年前の私に教えてやりたいのは、この順番です。
変えたこと、その二──値札の裏に、来歴を一行
二つ目の宿題には、国語教師の癖で取りかかりました。値札の裏に、その品の来歴を一行だけ書くことにしたのです。
たとえば、ハングル柄の湯呑みなら「富川(プチョン)中洞の市場にて。二〇一八年ごろ」。螺鈿の箸置きなら「ソウル・仁寺洞(インサドン)の土産物屋にて。教え子と」。妻の嫁入り道具の小鉢なら「名古屋の百貨店にて。来客用に」。
一行に収めるのは、思ったより難しい作業でした。長く書けば説明になり、短すぎれば何も伝わらない。三十八年、生徒の作文に赤を入れてきたというのに、自分の文章となると、なかなか削れないものだと思い知りました。
けれども、この一行はよく働いてくれました。値札を手に取って裏返すお客さまが、何人もいらっしゃったのです。裏の一行を読んでから、「これ、本当に韓国で?」と声をかけてくださる。会話が一つ生まれると、品物は不思議と、次の方の手へ渡っていきます。
変えたこと、その三──品数を減らし、並べ方を変える
三つ目は、妻の発案です。「今度は、四箱にしましょう」。前回持ち帰った分を差し引けば、ちょうどそのくらいだ、という計算でした。
品数を減らすと、シートの上に余白が生まれます。妻はそこに家の古い風呂敷を敷き、皿を小さな木箱に立てかけて並べました。平らに置くより、立てたほうが柄がよく見える、というのです。教室の掲示物と同じだ、と私は思いました。机の上に置いた作文は誰も読みませんが、壁に貼れば読まれます。
並べ方一つで、足を止めてくださる方の数が変わる。そういうことは、実際に出してみるまで分からないものです。
春の境内で見たもの
第十八回は、二〇二六年四月二十五日(土)・二十六日(日)の二日間の開催でした。公式サイトの案内によれば、西別院の会場はフランスを中心としたヨーロッパの蚤の市に見立てられ、東別院には屋内の区画「古本とレコードと…」が設けられて、お店の数は総勢百四十件以上とのことです(二〇二六年十月十七日、公式サイトで確認)。
昼過ぎ、店番を妻に任せて、その屋内の区画をのぞきに行きました。買った本をゆっくり読める場所も用意されている、と案内にあったからです。文庫の背表紙が並ぶ様子は、どうしても職員室の書棚を思い出させます。気がつけば、昔読んだきりの随筆集を一冊、手にしていました。自分の本を減らしに来て、一冊増やして帰る。妻には黙っておくつもりでしたが、店に戻るなり、袋を見て見抜かれました。
二日目の昼には、交代で西別院のほうへも足を延ばしました。海の向こうの古い食器や布が並ぶ境内を歩いていると、同じ橘町の中にいながら、少しだけ遠くへ旅をしたような気分になりました。
売れたもの、売れ残ったもの
今回いちばん早く手を離れたのは、仁寺洞の螺鈿の箸置きでした。値札の裏の「教え子と」の一言を読んだ年配のご婦人が、「教え子さんと選ばれたのね」と微笑んで、五客そろいで持って行ってくださいました。
富川の湯呑みは、二日目の午後に、若いご夫婦の手に渡りました。前回のマグカップと同じく、韓国にご縁のある方々でした。
売れ残ったのは、新潮日本文学全集の端本です。全集の端本は、揃っていないと値が付きにくい。手に取ってくださる方はいても、財布を開くところまではいきませんでした。持ち帰ってからどうするか、また妻と相談です。
段ボールは、四箱持って行き、二箱を持ち帰りました。売り上げの額は今回も控えますが、帰りの車が前回より軽かったことだけは確かです。
二度目に分かったこと
一度目は、何もかもが初めてで、品物を渡すことで精一杯でした。二度目になって、ようやく、品物と一緒に何を渡しているのかが見えてきた気がします。
値札の裏の一行は、いわば品物の履歴書です。履歴書を読んでから選んでくださった方の家で、あの箸置きや湯呑みは、ただの雑貨としてではなく、誰かの思い出の続きとして使われていくのでしょう。譲るとは、来歴を手渡すこと。前回書いたこの言葉を、今回は少しだけ、自分の手で確かめることができました。
秋の第十九回は、初めての三日間開催だそうです。七十を過ぎた夫婦に、どんな段取りがふさわしいのか。準備の進め方は、フリマ出店の準備──七十歳の私の、品選びと値札と持ち物にまとめました。

